昨夜、地下鉄の車両の端から、女性の大きな叫び声が聞こえた。止んだかと思うと、また叫び、静かになったかと思うとまた叫び声が聞こえる。

Times Square 1
夜11時近くだったが、地下鉄の車両はかなり混雑していて、姿は見えない。降りる駅に近づいたので、立ち上がって少し近づいてみると、ブルーのワンピースを着た若い女性が笑顔で立ち、目の前にすわる60代くらいの男の人と話している。男の人の隣には、ぐったりした様子で同じような年齢の女性が目を閉じてすわっている。どうやら叫んでいたのは、すわっているその女性のようだった。
と、若い女性が小指を男性に差し出すと、男性が自分の小指を女性の小指に絡ませ、指切りげんまんをしている。男性は彼女のその指を自分に引き寄せると、その手に口づけした。
私のすぐそばには、US Open Staffと書かれたTシャツを着た黒人の男女がいた。女性は3人の様子をiPadか何かでずっと撮影していた。女性が手に口づけされると、黒人男性が「どうやら、あの女、新しいボーイフレンドができたらしいよ)」と言い、それを聞いて皆が大笑いしている。
ブルーのワンピース姿の若い女性も、私と同じ駅で降りた。
私が声をかけると、「何でもないの」と答えただけだった。
一緒に通路を歩き、外に出ながら、女性が話し始めた。
「あの女性と同じ駅で地下鉄に乗ったんだけど、突然、私に向かって叫び始めたの。私が彼女より先に改札を通ったんだか何だかで、気に入らなかったらしいの。自分はマリリンモンローと仕事をしていた、とか言ってたわ。ホームレスの人だった。彼女の隣にすわっていた男性もホームレスのようで、同じ駅で乗ったの。
男性が私に声をかけて、話し始めたの。あなた、この女性の面倒をちゃんと見てあげてね、と男性に言ったら、知り合いじゃねえよ、と言った。知り合いじゃなかったのね。彼は退役軍人だと言ったわ。女性はアルコールを飲んでいたわ。ふたりとも精神がボロボロ。
ふたりはとてもさみしい目をしていた。きっとお腹が空いてもいたんだと思う。でも私に、お金も食べ物も恵んで、とは言わなかった。教会に助けを求めに行ってね。この女性の面倒を見てあげて、と彼に頼んだの。もし助けが必要だったら、連絡してね、あなただけじゃなくて、ふたりが助けが必要だったら、と言って、自分の名刺を渡したの。わかったよ、と彼が言ったわ」
その約束が、あの指切りげんまんだったのだ。そしてその手を取って、男性が口づけしたのだ。
「職を失って、戦争で精神をやられて、ホームレスになった人たちがたくさんいる。私たちの自由のために戦った人たちよ。このニューヨークで、人々は耳を傾けてくれる人が必要なの。その人に関心がなくたっていいの。耳を傾けてあげるだけでいい」
「あなたのその勇気はどこから来るの?」と私が聞いた。
「わからないわ」と言い、声を詰まらせた。
「一緒に地下鉄に乗って、この人たちは耳を傾けてくれる人が必要だって感じたの」
そう言いながら、彼女の両目から大粒の涙がボロボロ、こぼれた。涙を拭いもせずに、彼女は話し続けた。
「地下鉄に乗っていた人たちは、怖がったり、面白がって大笑いしていたり…。あなたが今日、突然、職を失って、周りの人たちに、あなたには何の価値もない、生きている価値もない、なんて思われたら、どう感じる? そんなあなたに、誰かが声をかけてくれたら……。どんな人にも、語られるべき人生があるはずでしょう」

Times Square 2

Photo @Times Square, New York City

岡田光世 / Mitsuyo Okada