高級品の包装などに用いる薄葉紙(ティシュペーパー)で作った花を前に、若い黒人の女性が路上にすわり込んでいた。「あなたが作ったの?」と声をかけると、「そうだよ。これはセント・パトリックのブーケなんだ」と花の束を指さす。セントパトリックのパレードは、明日3月17日だ。
「ここで売っているの?」
「売っているっていうか、寄付は受け付けてるよ」
「これは何?」と色とりどりのティッシュペーパーが入った紙コップを指して聞くと、「カラーカップって呼んでるんだ」。
その日は寒かった。
「こんな日陰にいないで、太陽の当たるところにすわればいいのに」
「ここがいいんだよ。あのビルの窓ガラスの反射で、暗くなると、アタシの花が明るく照らされるんだよ。だからみんなが見てくれるんだ」
振り返ると、私の後ろにガラス張りの高いビルが建っていた。
「ふつうの人はそんなこと考えやしないけど、アタシはちゃんと考えてるんだよ」
私はピンクの花を手に取った。
見ているうちに、水色の花もほしくなった。
「ふたつ、もらっていいかしら?」
「もちろん、いいよ」
バッグの中から財布がなかなか見つからなかったので、すぐに取り出せるコインを2ドル分ほど手渡した。
メルアドがあるなら、写真を送るわよ、と言うと、私の手帳に自分の名前とメルアドを書いた。
私が手帳を受け取ると、あ、忘れてたよ、と言って、私の手から手帳を取り、何か描き込んだ。
「マーラ」という自分の名前の横に、花の絵がひとつ、描かれていた。
「ありがとう。マーラ。きれいな名前」
「ありがとう。トランプの前の奥さんと同じ名前だよ」
「寒いときは辛いわね」
「うん。でもこれだけ長く路上生活してきたけど、なんとかやってきたからね」
私もしゃがみ込み、ふたりで話していると、通りすがりの若い白人男性が足を止め、紙コップにお札を入れて、何も言わずに立ち去った。
「ありがとう」とマーラが礼を言うと、振り返り、ほほ笑む。
「ちゃんと食事はしてる?」
「今日は、あの男の人が2ドルくれたから、大丈夫だよ」
写真を撮って見せると、「これ、アタシの顔がよく見えないね」と言うので、何枚か撮り直して見せると、「こっちのほうがいいね」と笑った。
写真を送るね、と言って別れを告げ、歩きながらバッグの中の財布をもう一度、探してみた。奥から出てきたので、マーラのところに戻り、「お財布あったわ」と言って、お札を渡した。
ありがとう。
それまで、マーラの笑顔はどこかさみしげだったが、そのとき、初めて、本当にうれしそうに笑った。
お金を渡したことより、たぶん、マーラのところに戻っていったことを、喜んでくれたのだろうと思う。
ニューヨークの街角にまた、ひとり友だちができた。
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