そして、母の日には

「母の日にお母さんをハグした?」と何人にも聞かれていて、そのことをすぐに書き始めたのだけれど、文章があまりにも長くなったので、アップする気が失せていた。 

 しかも、イスラエル・パレスチナ、インド、ミャンマーなど、世界でさまざまことが起きているのに、こんなこと書いている場合じゃない、と思っていたけれど、今、続きを書き上げた。 

 書いたから、当日の写真とともにアップしますね。後半は、私の携帯で母が撮った「これ、ナニ?」という写真も。私は母の食事を取りに行ったり、忙しくて写真を撮っている場合じゃなかった。コロナの緊急事態でアルコールは飲めないので、これがワインだったらな、と夫はつぶやきながら、アイスコーヒーを飲んでいました。

 文章、長いよー。ま、私的には、いつもの長さかな。この文章、原稿用紙何枚分か、最初に聞くと読む気が失せるだろうから、最後に書きますね。

 あれはもう数十年前のこと。確か、新宿のヒルトンホテルから成田空港に向かうリムジンバスに乗り込む前のことだった。

 ホテルのロビーで、天井が高くオープンな空間のレストランの脇を母と一緒に歩いていると、「いつか、こういうところで食事するのもいいね」と言った。

 なぜか私はそれをずっと忘れられずにいた。ほかのホテルのビュッフェで母の誕生日や母の日をお祝いしたことは何度かあったけれど、ヒルトンホテルではなかった。

 ヒルトンのすぐ隣にある東京医科大学病院は、我が家とゆかりの深い病院だ。ここで私たち姉弟3人が生まれ、父が亡くなった。何度か母が入院したのも、ここだった。

 検索すると、ロビーのマーブル・ラウンジで「いちごスイーツ・ビュッフェ『RSVP.アリスからの招待状』ランチ・アフタヌーンタイム」という人気ビュッフェを開催中だった。

 ルイス・キャロル作「不思議の国のアリス」から着想を得た新作いちごデザート20種類以上とフレッシュ苺に加え、ビーフウェリントンなどを含むアイテムが揃う新ビュッフェは、アフタヌーンデザートとしてはもちろん、ランチとしても十分ご満足いただける新提案。アリスの世界でお好きな物をお好きなだけお召し上がりください。

 ああ見えても、可愛いものが好きで、何年も前に「誕生日に何がほしい?」と聞いたら、うちの近くの手作りの人形屋の店の前で立って泣いている、等身大の子どもの人形がほしい、と言ったことがある。母に内緒で店のおじさんに聞いてみたけれど、あれは売れないんだよね、と言われた。

 母の日のランチは予定が入っていないと母が言うので、「新宿のヒルトンホテルで、ビュッフェの予約を入れたから」と母に伝えた。「そんなの行かない! いつも食べ過ぎだから。今だって、カツ丼食べたし。行かないから、キャンセルして! こっちはコロナのワクチンが心配で、それどころじゃないんだから! 遠すぎる!」

 今月17日にワクチン接種の予約が取れたが、飲んでいる薬をやめた方がいいという医者と大丈夫だという医者がいて、心配しているのだ。

 高齢の母とビュッフェ、というのは私もちょっと心配だったけれど、母は今でも週3度、地下鉄を乗り換え、1時間ほどかけて、仕事に出ている。仕事がなくても、毎日、一日中、どこかに出かけていく。ランチはほぼ毎日、外食だ。

 何が遠すぎる? 新宿なんて、うちから10分じゃないか。

 前だったら、母を説得しようと頑張ったが、口論になり疲れるだけなので、もうそういうことはやめるようになった。

 母の日の前日、「新宿は遠いから行かないってことね。でも2、3時間かけて、あれこれ調べたのに、ああいう言い方はないと思うけれどね。ママが前にヒルトンホテルのロビーのレストランで、こういうところで食べたいね、って言ったのを、私はずっと覚えていたんだよ」

「そんなこと言ったのなんて、覚えてないよ。そんなの、ずっと前のことでしょ。そんなとこで食べなくていいよ」「いつか食べさせてあげたいって、思ってたんだよ」

「まったくあんたは、うまいこと言うからね」

「もういいよ。私の思いがママにはそのまま、伝わらないんだから。キャンセルする」と伝えた。

「キャンセルしなさい! だいたい、あんたはまた、私の悪口をいろいろ書いてるらしいじゃない。◯◯さんが言ってたわよ」

 最近、FBなどに母のことを書いたことを言っているのだ。あれから、母が顔を合わせようとせず、様子がおかしかったから、知っているのだろうなとは思っていた。

「あれが悪口だとしか、思えないんだね」

「全国的に読めるんでしょ。私はいいけど、あんたが笑われるのよ」

 あああ、やっぱり、母の日まで、母との仲はもたなかったか。

 しばらくすると母が、「新宿だったら、行ってもいいけど」と言い出した。

「新宿だったら、って。昨日、新宿のヒルトンホテルだって、言ったでしょ」

「そんなこと言わなかったじゃないの。あんたは、六本木って言ったじゃない」

 六本木!?

 母は、私が何か言おうとすると、「全否定!」の姿勢で臨むから、私の言うことなど、聞いていないのだ。

 口を聞けば、口論になりかねないので、私はメモを置いておこうと、キッチンへ降りていった。

 と、ザルに大量のいちごが洗って置かれているではないか。ビュッフェはいちご三昧なのだ。

 自分で野菜や果物を育て、いつもうちに届けてくれる、母の友達のお裾分けだろう。

 母はビュッフェの内容はまだ知らない。おかしくなって、思わずひとり笑った。

「母の日のランチ、行くか行かないか、今夜6時までに返事を書いて、階段の下に置いておいてください。もし行くなら、ビュッフェだから、今夜も明日の朝も、あまり食べない方がいいですよ」

 5時半になっても、階段の下にメモはない。 黙ってキッチンに行くと母が、「あ、明日だけど、よければ行かせてもらいます」となんだか遠慮がちに言った。

「行かせてもらいます」なんて、母らしくない言い方だこと。

「いちごのデザートが多くて、食事はお寿司とか天ぷらとかないけど、和食がよければ、変えてもいいよ」と伝えると、別にいい、と答える。実際、予約を入れる前に、ほかのホテルの和食店もいろいろ調べたけれど、ヒルトンがいい思い出になると思った。

 私と”お出かけ”する時、せっかく行くんだから、きれいな格好してね、と言うと、母は不機嫌になり、聞く耳を持たない。その夜、同じことを母に頼んだら、またぶつぶつ言っていた。

 翌朝、母の部屋に行き、「今日は何色を着ていくの?」と声をかけた。せっかくなら、夫と私も母の色に合わせようと思ったのだ。

「何色って、別に着ていくもんなんか、ないわよ」

 私の顔も見ずに母は答えた。が、ベッドの上に紺色のスーツジャケットが置かれ、箪笥の前には、胸に花飾りのある、ピンクのジャケットが吊るされていた。

「どっちもいいじゃない。やさしいピンクがいいね。私たちもピンクを着ていくわ」

 夫が起きてきたので、キッチンでいちごとスイカを少しだけ用意した。居間にいる母は、いちごにスイカに食パンを食べ、そのうえ、バナナ1本丸ごと食べようとしているので、もうそれ以上、食べたら、食べられなくなるよ、とバナナを手に取ってみたら、何も言わなかったので、そのままキッチンに戻した。

 2階で仕事をしていると、「みっちゃん、リュックを背負って行ってもいい?」と母が叫んでいる。でも、リュックを背負うと、胸の花が潰れる、と騒いでいる。じゃあ、花は向こうで付ければ? と提案する。

 「西新宿」の駅で地下鉄を降りる。東京医科大学病院の前を歩きながら、「ここは思い出の多い病院だから、ヒルトンで母の日のお祝いができて、よかったね」と私が言うと、「あんたたちみんな、ここで産んだからね。今はここ、ホテルみたいにきれいになったよ」と母が答えた。

 私たちが着いた時には、まだ誰もいなかった。写真撮影用にデザートがきれいに飾られているところで、「写真を撮ったら?」と言うと、母が携帯を両手で構えて、一生懸命、撮り始めた。あとで見てみると、ほとんどの写真に、母の指が写っている。

 テーブルに着き、「食事を取りに行こう」と母を誘うと、「あんたが取ってきなさい」と言う。

「せっかくビュッフェなんだから、自分で見て、食べたいものを取ったら?」

「そんな面倒臭いことをしてまで、食べたくない」

「もうどうして、いつもそうなの? 行こうよ」

 そう言うと、やっと腰を上げた。

 ほしいものを言うと、スタッフが皿に乗せて、手渡してくれる。

 ぶつぶつ言っていた母も、食べ物の前に立つと、「これ、食べる」とフライドポテトを指差す。

 よりによって、フライドポテト?

 食事も、生のいちごも、いちご三昧のデザートも、母は結構、食べた。

「コーヒーを飲みたい」という母に、「あの機械のところに、カプチーノとかエスプレッソとかいろいろあるから、一緒に見に行こう」とSegafredoのマシンを指さすとまた、「そこまでして、コーヒーなんか飲みたかない。あんたが取ってきなさい」と言い出したが、結局、くっついてきた。

 さてさて、アメリカにいる友達との約束を、果たさなければ、とタイミングを見計らっている。  

 母の日に私が母を「ハグ」する写真を送れ、と言われ、そうだね、なんて生返事していたら、じつは「キス」だったことにあとで気づいたのだが、さすがにここでキスするわけにはいかない。でも、せめてハグは。

 夫がトイレに立った隙に、隣にいる母を見て、「今まで育ててくれて、ありがとうございました」と言うと、母は私とは目を合わせずに、「はいはい、そうですね。どうもどうも」と答えた。

 そんなこと言ったら、私、泣くかも、と思っていたけれど、まったくそんな雰囲気ではない。「ハグしよっか」と私が抱きしめると、「いやいや。コロナが感染(うつ)る〜!」と私の腕からすり抜けようとし、いきなり私に向かってゲンコを突き出した。

「今は、外国でもみんなコレなんだよ」とゲンコでごんごんと、私の手を突っつく。

 外国なんて、ニューヨークと私の留学先のウィスコンシン州にしか行ったことないのに、よく知っているではないか。しかも、初任給で航空券を買ってあげたのに、いきなり怒って電話をきられたっけ。でも、ぶつぶつ言いながら、結局、私に会いにアメリカに来てくれた。もう数十年前の話。

 途中、母とトイレに立つ。私が少し遅れて母のあとをトイレに向かうと、「みっちゃん、Gentlemanって書いてあるけど、こっちでいいんでしょ」と言いながら、中に入っていくではないか。違うって、そっちはオトコだよ! 

 食事中、夫が母に渡すために、バッグから取り出したものがあった。でもそれについて書き始めると、この文章はさらに長くなり、誰も読まないだろうから、そのことはまた後日。

 夫がバッグから取り出したのは、高校時代の私たち夫婦の共通の友人、鯨井クンから預かったものだった。

 そういえば、私がアメリカから帰国し、コロナの検閲所指定のホテルに4日間、滞在したあと、鯨井クンが羽田空港まで迎えに来てくれたことをまだ書いていなかったので、その時のことも合わせて、次の機会に。

 母の日の夜、寝る前に母が、下から私を呼び、「ふたりで何か食べなさい。ここに置いておくから」と言った。 

 下に降りていくと、階段の一番下の段に、一万円札が一枚、置かれていた。

「そんなことしたら、意味ないじゃない。いいから」と返そうとするが、「だって、悪いじゃない。いいから、何か美味しいもの、食べなさい」と言って、譲らない。

 ホテルのビュッフェはひとり5600円だったから、それではお釣りが来てしまう。

 何度、言っても受け取らないので、またいつか、母に何かご馳走しよう。

 友達との約束どおり、母のほっぺたに💋しなきゃ、と一応、チャンスを探ってはいたものの、やっぱりそれはできなかったよ。

 翌日、母に聞いてみた。

「昨日のビュッフェは、何が美味しかったですか」

「何が美味しかったか? 何がなんだか、私なんかにはよくわかんなかったねー。みんな、おんなじようなもんだった。強いて言えば、いちごかな」 

 いちご!

「あれで1万8千円なんて、もったいないね。寿司でも食べたほうがよっぽどいい」

 ああ、母はやっぱり、母だった。

 この文章、400字詰め原稿用紙12枚分、でございました!

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