自分のエッセイを、こんな形で表現してもらえるのだ、という新鮮な体験だった。シリーズの第7弾『ニューヨークの魔法の約束』(文春文庫)から、朗読家の4人がそれぞれ個性豊かに、別々のエッセイを読んでくれた。どの話も聞きながら、その時の場面が頭に浮かび、その時、出会った人たちを思い出し、そして、こんなにも私のエッセイを読み込んで練習し、演出してくれている朗読家の方たちに感激し、涙しながら聞いた。
「あなた、それでも日本人?」は、私が盆栽を枯らせたと、サラにこっぴどく叱られた話。サラの年齢がエッセイには出てこないから、実際よりかなり若い女性のように聞こえ、演出も朗読の域を越え、演劇のようで楽しかった。
このシリーズでは、私は会話に「」をほとんど使っていない。「 」がないほうが、より自然に感じられ、「書かれたもの」であることを読者が意識しにくい気がするからかもしれない。朗読の台本には「 」が書かれ、誰のせりふか一目でわかるように、サラの会話の冒頭には「サ」と書かれていた。誰のせりふかわかりやすくするため、朗読ではサラと私の口調に大きく変化を付けていた。
「花売りに起きた奇跡」は、起きたことを傍観者として淡々と描いているので、落ち着いた口調で淡々と朗読された。私が想像していた「朗読」に最も近いものだった。
「花嫁にキス、ですか」は、夫と私が市役所で籍を入れた時の話で、あの時のことを思い出し、笑いながら楽しく聞いた。本番前に、「司式者、司式者」と何度も練習しているので、「なぜ?」と尋ねると、「シ」の音が2つ続くので最初の「シ」は音を出し、次は出さないことにしたから・・・という返事だった。
「ランチのおかずは、街ゆく人たち」は、韓国系のグレイス先生とランチした時の話。先生は韓国語訛りの日本語と英語を話すので、語り口は違うけれど、先生の雰囲気や思いがとてもよく出ていた。
ピアノの演奏がエッセイの雰囲気によくマッチしていて、音響もよく、素晴らしかった。ほかのエッセイも朗読で聞いてみたい。そして、最近、ニューヨークで出会った数々の人たちの話も早く書いて、読んでもらいたい、と私も燃えました!
仕事や家庭を抱えながら、丁寧にエッセイを読み込み、準備や練習にたくさんの時間を費やし、貴重な体験をさせてくださったこと、心から感謝申し上げます。ありがとうございました。どの方の朗読も、存分に楽しませていただきました。
そして、週末の朝早くからお越しいただき、一緒に聞いてくださった皆さん、ありがとうございました。
ほかの方の作品も読んでくださいましたが、今回は私の作品だけの感想で、お許しください。