ニューヨーク、地下鉄でスケッチを描く男性

昨日の朝、ニューヨークの地下鉄で、黒人の女の人が乗り込んでくるなり、床に携帯電話を落とした。私の隣にすわっている白人の男の人が、それに気づくと、突然、その女の人に向かって、まるで攻撃するような口調で、携帯電話のせいでいかに私たちが、本当の意味でのコミュニケーションを取らなくなってしまったか、延々としゃべり始めた。

「前は相手の目を見て会話していた夫婦だって、今じゃ一緒にいたって、お互いに手に携帯電話を持ってるんだ」…うんぬん。女の人は別に不愉快そうな顔をするでもなく、ときにほほ笑みながら、「私の場合は、そういうことは心配ないわよ」などと返事しながら、会話を交わしている。

用があって私が携帯電話をいじり出したことに、その男の人が気づいたようだ。視線を感じる。今度は私を攻撃し始めるのだろうなと、少し緊張していると、私に向かって「Big smile! Big smile!」と声をかけたかと思うと、日本語で「アケマシテ、オメデトー、ゴザイマス」 と言う。  おことばですが、今は正月というよりお盆です。  などともちろん、言わずに、黙って big smileだけを彼に返す。

15秒ほどしてから、君は東京の出身か、と尋ねてきたので、そうですよ、と答える。  イサム・ノグチを知っているかい?  ええ。知っていますよ。  イサム・ノグチはアメリカ生まれの著名な彫刻家であり画家だ。彼の庭園美術館が、マンハッタンの川向こうのクイーンズ区にある。  彼は素晴らしい男だ。  友だちだったの?  友だちじゃないが、何度か会ったことがある。  彼の美術館は行ったかい? すばらしいよ。彼は重要な男だ。  あなたも芸術家なの?  そうだよ。絵も描くし、彫刻もやるし、作曲もする。イサム・ノグチについて詩を書いたこともあるんだ。  彼はイサム・ノグチについて、あれこれ話し続ける(長くなるから書きませんけど…笑)。

イサム・ノグチ庭園美術館 http://www.noguchi.org/

彼は手にスケッチブックとペンを持っていた。イサム・ノグチについて話し終えると、車両の向こうのほうをじっと見ている。  地下鉄で絵を描くの?  そうだよ。I’m trying to concentrate. Thank you. Nice to meet you. 今、集中しているところなんだ。ありがとう。会えてうれしいよ。  つまり、僕、これから絵を描きたいから、邪魔しないでね、ということだ。

絵を描く対象を見つけたようで、スケッチブックにペンを滑らせ始めた。私は気づかれないように、そっとのぞいてみる。少し太めの女の人の絵をサラサラと描いている。漫画チックなかわいい絵だ。彼がじっと見つめている視線の先に、それらしきヒスパニック系の体格のいい中年女性がすわっている。

どうやって描く対象を見つけるのだろう。聞いてみたかったが、邪魔はしない。かなり集中しているようだから。  と、突然、私たちの前にすわっている黒人の若い女性たちに向かって、彼が話し始める。  違うよ、ロックフェラーセンターじゃないよ。次は五番街、そのあとが七番街、でその次がロックフェラーだよ。  七番街ではなく、五番街の次がロックフェラーのはずだが、彼はスケッチに集中しているのかと思ったら、他人の話をちゃんと聞いているのだ。

私は五番街で地下鉄を降りる。It was nice meeting you.と彼に声をかけると、彼も笑顔で同じことばを返し、またスケッチを続けた。

プラザホテル - 岡田光世

Photo: The Plaza, New York, NY 彼と話したあと、5番街と53丁目で降り、5番街をセントラルパークに向かって北に歩いたところで撮りました。プラザホテル。地下は飲食できる素敵なスペースになっています。

 

岡田 光世  / Okada Mitsuyo

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