先頭に立ち、私が真剣に担ぐ写真(1枚目、一番右)を見て、「楽そうだなー、肩ついてんの?  背が低いと得だよなー」と夫。失礼な! 肩?? ついて…ないよ、ふん。

前の女の人、辛そうなのに、私、あー楽チンって顔して天仰いでるアタシ。ね、アタシ、肩ついてないからーー笑。

ヤクザに扮した夫が初めて担いだお神輿。 担ぎ始めて5分も経つと苦しい表情に。肩が痛くてたまらないという。友人と私は、お神輿を担ぐ気バリバリで出かけたものの、女神輿は出さないことになったと!  人手が足りないというのだ(女子もこんなにたくさんいるじゃん!と思ったけれど)。

2度ほど男神輿を女性軍も担がせてもらった。背が低い私たち、担ぎ棒が肩にまったく届かず、どちらかというとぶら下がってる?  棒に届くようにと爪先立ちし続けたので、足が疲れる疲れる。で、思い出したようにたまに肩に当たる棒の太くて重いこと! タオルを二枚、何重にも折って肩に当てていたけれど、痛い痛い。お神輿は400kgもあるという。

 

 

何度か休んだ休憩所で、町の人たちや商店街のお豆腐屋さん、八百屋さん、お米屋さん、居酒屋さんなどが、お稲荷さん、コロッケ、ぬか漬け、おにぎり、豆腐、枝豆、果物、ビールなどを用意していてくれる。それが小学校や中学校の友人の家だったりするのが、嬉しい。

91歳のババアの写真なんか撮んなくていいよ と言ったこのおばあちゃん。夫を私の父親だと思った。夫にだけ、「いつでもうちに遊びにいらっしゃい」だって。コロッケ、ちゃんと食べたかい? って私にもやさしかった。いつまでも仲良くね、と言ってくれて、別れた。

私の高校の留学先ウィスコンシン州の大学で勉強しているというアメリカ🇺🇸人のオースチンと出会った。

11時から4時まで町内を神輿を担いで回り、ほかの町からも総勢10基のお神輿が八幡宮に宮入り。私たち夫婦は一旦家に戻ることにし、着替えて身軽になってシャワーを浴び、ベッドでひと休み。「神輿担ぎはもうたくさーん!」と夫。ニューヨークから戻ったばかりの私は時差ぼけで毎晩2、3時になるとバッチリ目が醒める朝が続いていたこともあって、ぐったり。

 

でも、外からお神輿を担ぐ声が聞こえてくると、そわそわしてきて、夫を誘って神社へ。宮入りはもう終わってしまっただろうか。

参道から神社の社殿まで一基ずつ入っていき、わが町の神輿はトリ。人混みのなか、さっきまで担いでいた神輿にちょうど遭遇し、思わず叫び声をあげる。見慣れた仲間たちが、汗だくになり、もみくしゃになり、清々しい顔で、掛け声をあげる、神輿が揺れる。

社殿の前で暗がりの中、明かりの灯った十基の神輿が威勢のいい掛け声とともにゆっさゆっさと揺れ続けているのは、圧巻だった。一日一緒に担いだ人たちが、神輿を担ぎ棒に固定しているサラシをほどき、境内に収める様子を見ながら、毎年こうして伝統を引き継ぎ、神霊を担いで町を歩き、神霊を再び神社に送り届ける人たちの思いを感じる。

昼間、一緒に担いだ女性がワンピース姿の私に気づき、「夜は担がなかったんですか。夜がメインなのに」と笑った。そうなのよね、ああ、言わないでー。

社殿に集まるたくさんのお神輿は前にも見たけれど、そしてお祭りには子供の頃、祖父母にお小遣いをもらって毎年のように来ていたけれど、参加してみると、お祭りがまったく違って見えてくる。

あれ、私、そういえばクリスチャンだったっけ。神社の境内にある幼稚園に通っていたから、神社のお祭りや行事に参加した。祖父母は信心深い仏教徒だったから、いつもお寺に連れていかれた。そして高校では毎朝、キリスト教の礼拝があった。

私を誘ってくれた旧友は、夜も神輿を担いだ。夜は女神輿も出たから、肩が浮かずに済んだらしい。暗闇の神社で彼女を探したけれど、見つからなかった。あとで彼女がメッセージを送ってくれた。

宮入も無事に終えました。みっちゃんとダンナさまの思いも神輿にのせてお宮に届きましたよ。

ああ、参道から社殿まで一緒に担ぎたかった。来年もこのお祭りには、日本に戻っていたい。初めて心から、そう思った。