リヨンから列車で2時間かけて、スイスのジュネーブへ。スイスで2日間、一緒に過ごした夫は、3日目の朝、ジュネーブのホテルからひとり空港へと去っていった。
ひとりでジュネーブの旧市街を歩き、先日、夫と一緒に訪れたサン・ピエール大聖堂の前にやってきた。ここは宗教改革で知られるカルヴァンが本拠とした寺院だ。
誘われるように入っていくと、パイプオルガンの音が響きわたっていた。パイプオルガンのある聖堂の後ろには、数十人すわっていたので、前のほうへ歩いていった。振り返ると、ステンドグラスを通した光の下で、ひとりの女性が本を読んでいた。おそらくガイドブックに目を通しているのだろう。薄暗い聖堂で、そこだけにスポットライトが当たっている。聖堂の前のほうにも人がすわっていたが、パイプオルガンの荘厳な音と、女性だけが、この世に存在しているようだった。
思わず、何枚か写真を撮った。女性は気づいていないようだった。あまりにも美しいシーンだったので、うまく撮れたら女性に写真をあげたいと思い、声をかけた。
あなたにだけライトが当たっていて、あまりに美しかったから、カメラを向けてしまったんですよ、と言った。
パイプオルガンの音に誘われて、入ってきたんですよ、と答えたので、私も一緒です、とふたりで笑った。
よかったら、写真を送ります、と言うと、女性は喜んでくれた。
スペインからの旅行者だった。ひとりで旅しているのですか、と尋ねると、ボーイフレンドと一緒だったけれど、彼は今朝、スペインに帰っていったんです、と答えた。
あら、私も同じだわ。夫と一緒に旅していたけれど、今朝、ジュネーブを発っていったのよ。
昨日、メールアドレスを確認するために女性にメールを送った。すぐに返事が届いた。
ぜひ来年にでも、ご主人とふたりでスペインのマヨルカ、バスクに来てください。彼と私で、おふたりを案内しますから、と。
写真を見て、あとで気づいたのだが、女性の頭上の丸いライトが、天使のようだ。焦点は教会の後方に当たっていて、彼女はややぼやけているが、その分、女性の柔らかさ、温かさが伝わってくる気がする。
先ほど、女性にこの写真を送ると、またすぐに返事が届いた。
Now I will have a memory of that moment we shared in Geneve!!
これで、私たちが分かち合ったあのジュネーブでの瞬間が、思い出として残ります。
At Cathedral Saint-Pierre, Geneva, Switzerland, Sept. 2012
岡田光世さん
ベストエッセイに選ばれたとのグッドニュース、うれしく拝見しました。
読む者の心を動かす岡田さんの文章を改めて読むことができることを楽しみにしています。
さらなるご活躍を。
ご丁寧に嬉しいコメントをありがとうございます。
どうぞお体に気をつけて、ワクワクする日々をお過ごしくださいませ。
岡田光世