南仏プロバンスの湾岸都市マルセイユは、フランス第二の都市。10数年前に初めて訪れた時は、大都市にあまり興味がなかったので、あちこち動き回らなかった。危ない街というイメージが強く、アラブ人街でケバブを食べた時にも、アラブ人に「スリには気をつけろよ」と言われた。
今回、訪れた印象は。とにかく活気があり、旧市街の建物は重厚で、人々がとても気さくでフレンドリー。
旧港では朝、その日にとれた魚を売っている。屋台の上でタコがくねくね動いていたので、「あ、タコ!」と私が日本語で言うと、「タコ!」と繰り返す男性の声。そこで買ったばかりの魚がずっしり入ったビニール袋を手にしていた。
ロサンゼルスで、日本人の寿司シェフのもとで修行したという。
「そこで学んだレシピは一度、全部捨てて、自分でオリジナルのメニューを考え出したんだ。日本とフランスの料理のフージョンだよ。たとえば、オリーブオイルと醤油はとても相性がいい」
カルパッチョなどで、私もよく、オリーブオイルと醤油を使うことがある。
そこからトラムで数駅行ったところで、レストランを経営しているという。
「45ユーロでお任せなんだ。よかったらぜひ、食べにきて。来れるようだったら、電話してね」と彼。
日仏料理のフュージョンレストランは日本にも結構あるし、私の旅の場合、何がどこで起きるかわからない。どうしようかな、と思いながら、そのあと、街を歩き回り、いろいろな出会いがあったこともあって、彼に電話するのが午後6:30頃になってしまった。
彼が教えてくれた番号にかけると、留守電だった。「ディナーに伺います」とメッセージを残す。「もし何か問題があれば、電話ください」と言い忘れたので、また電話すると、彼が出た。
「ごめん。今夜も明日の夜も、店は閉めることになったんだ。君が来るかどうかも、わからなかったし。予約が入っていたんだけど、キャンセルの連絡があった。この天候だから、人気もなくて」
そう、この日は一日中、雨が降っていた。彼と出会った朝も。マルセイユは1年365日のうち、300日は晴れていると聞いていたのに。
「ごめんなさい。私がもっと早く電話するべきだったわ」と私。
「いや。僕が悪いんだよ」
「じゃあ、今度また、マルセイユに来た時に」
「そうだね。今度また」
ネットで調べてみると、とても小さな店のようだった。シェフ本人が毎朝、港で新鮮な魚を買い、その日、あるものでとても美味しい創作料理を作っている。これまでに食べた寿司で一番、美味しかった。ほかにカップルの客が2組いたのだけれど、みんなで仲良くなって、一緒に食事して、最後にみんなでワイン1本を開けた。ステキな体験だった、などとレビューに書かれていた。
彼は片親がベトナム人だと言っていった。
あんなにたくさん買った魚はどうしたのだろう。明日の夜も店を開けないと言っていたから、知り合いの店に売ったのかな。もっと早く電話すればよかった。ほかにも誰か誘えたら、きっとお店を開けていただろうに。
彼はフランス語がわからない私のために、旧港で魚をひとつひとつ指差して、教えてくれた。マルセイユの名物漁師のおばあさんのことも、教えてくれた。笑顔のやさしい、物静かな、いい人だった。
でも、今度また。それがあるから、今度また、マルセイユを訪れたいと思うかもしれない。