なんということのない日常　なんということのない幸せ

健診の触診で胸にしこりがあると言われた。

乳癌健診のマンモグラフィーの検査結果はまだわからない。

結果を待つまで心配し続けたくなかったので、今日、別の病院に検査に行ってきた。

じゃあ、超音波検査を、と先生が言う。

超音波の技師の女性は、黙々と検査を続け、それが終わると、先週、健診で受けたばかりのマンモグラフィーを受けるように、と言う。

先生は超音波としか言っていなかった。一週間もたたないのに、被爆の心配はないのか。

嫌な予感。

通常のマンモグラフィーは２Ｄだが、希望すれば３Ｄで受けられるとウエブサイトに書かれていた。

技師は２Ｄを用意していたが、先生に聞くと、３Ｄで、と言う。

ますます嫌な予感。

マンモグラフィーを終え、待合室で待つ間、目の前にあった血圧計で血圧を測ってみる。

ふだんは薬なしで130/74くらいなのに、172/103と一気に上がっている。

自分ではわからないが、かなり動揺しているようだ。

名前を呼ばれ、診察室へ。

先生は、ホルモン剤を飲んでいるか、あれを飲んでいるか、これを飲んでいるか、といくつも質問したあとで、マンモグラフィーの画像を前に私に説明を始め、「まったく問題ありません」とひと言。

「３Ｄのマンモグラフィーでこれだけ深くまで細かく見てるから、大丈夫！」

「ああ、よかった。ありがとうございます！」
思わず、先生をハグしたくなった。しかも、何度も。何度も。

でも、この先生、ハグされて、喜ぶ感じの人じゃない…。

先生が説明している時、先生の顔を見ながら聞いていると、「私の顔じゃなくて、こっちを見てください」と注意される。
私は相手の顔をじっくり見て、話を聞く癖があるんだな、と思ず苦笑する。

無駄な話はせず、愛想はないものの、目の前の患者に真摯な態度で接するとてもいい先生だということが伝わってくる。

最後に一度だけ、笑顔にもなった。

 

帰り、地下鉄に乗ると、斜め前に白人の中年男女がすわっていた。女性と目が合うと、にっこり笑った。

Where are you from? （どこから来たんですか）と声をかけた。
Ohio. America.（オハイオ。アメリカよ）と女性が答える。
私も一年間、オハイオに住んでいたんですよ。
どこに？
デラウエア。コロンバスの近くです。
私たちはクリーブランド。

女性がそう答えると、隣の男性がほら、と頭に被っていたクリーブランド・インディアンスの野球帽を脱いで、私に見せる。

昨日、サンフランシスコから東京に着いたばかりだという。

ラッキーね。これまで毎日雨だったのよ。台風も去ってよかったわね。

でも、台風の中をゆらゆら揺れながら、飛んできたのよ、と女性が目が回ったみたいなしぐさをして笑う。

彼らは次の駅で降りるために、立ち上がった。

Have my seat.（私の席にすわりなさい）、と女性が言った。

Thank you. I will. Enjoy.（ありがとう。そうします。楽しんで）

ドアのそばの端の席に野球帽の男性がすわっていたから、私はそこにすわった。

これから京都へ行くというふたり。いい旅を。

なんということのない日常。

なんということのない幸せ。

Photos: Delaware, Ohio