東京の見知らぬ家族

先日、東京で公園を散歩していると、10メートルほど先で、自転車に乗っていたおじさんが、突然、倒れた。急いで駆け寄り、大丈夫ですか、と声をかけた。大丈夫です、と言いながら、立とうとするので、私が手を差し出すが、よろよろしていて立ち上がれない。すぐそばにいた、30代くらいの男性も近づいてきた。男の子と一緒だった。
「酒、飲んでませんか」。その男性がおじさんに聞くと、「え、ま、ちょっと」と答える。「ですよね。臭いましたから。少し休んでいったほうがよくないですか」
「や、大丈夫です」
私が自転車を起こし、地面に散らばった図書館の本などを拾ってかごに入れた。どうしても立とうとするので手を貸すと、おじさんはなんとか立ち上がり、自転車のハンドルを掴もうとする。
「おうちは近くですか。自転車、私が押して、一緒に家まで行きますよ」と言うと、「や、大丈夫です。すぐそこですから。自転車、自分で引いてくほうが、歩くのに楽だから」と答えて、自転車を手にゆっくり歩き出した。
父子らしきふたりは去っていった。私はしばらく、おじさんの後ろ姿を見守っていた。
犬を連れたおばさんが現れ、「パタンって倒れたから、発作でも起きたのかと思ったのよね」と言い、ふたりでおじさんの後ろ姿を見守っていた。
「私の家も同じ方向だから、後ろから様子を見ながらついていってみますよ。ありがとうございました」とおばさんが私に礼を言う。
「いえいえ、こちらこそ、ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」と私がおばさんに礼を言う。
おばさんも私も、まるでおじさんが自分の身内みたいな話し方なので、ちょっとおかしくなった。
私は散歩を続けたが、やっぱり心配になり、走って引き返した。と、おばさんの姿が見えた。おじさんに気づかれないように、5メートルほど離れて、おじさんと同じペースで、ゆっくりゆっくり歩いている。おじさんを見守りながら。
すると、急な坂をおじさんが上り始めたので、私が走り寄って、自転車を一緒に押した。
坂を上り切ると、おじさんはもう大丈夫ですから、とまたひとりで歩き始めた。
しばらくおばさんと立ち話していると、おじさんが30メートルほど先の角を右に曲がり、姿が見えなくなった。心配になって、「やっぱり、家までついていってみますね」と私がおばさんに言った。
「じゃあ、私はこの子(犬)がいるので、帰りますね」
おじさんが曲がったと思う角を右に折れたが、おじさんはいない。道の真ん中で、5、6人の女子生徒が立ち話していた。
「水色の服を着て、自転車を押してるおじさん、見なかった?」と声をかけると、見ていないという。
「さっき、自転車で倒れちゃったの」
「ええ」と生徒たちは心配そうな顔をした。
あたりをくまなく探し回ったけれど、どこにも姿はない。
あきらめて引き返すと、さっきの女子生徒たちとすれ違った。
「もしおじさんを見かけたら、気をつけて見ていてあげてね」と頼むと、「はい、わかりました」と声をそろえて答えた。
「高校生?」
「いえ、中学生です」
「そうなの? みんな、大きいね。高校生かと思った」
彼女たちが笑った。
みんなの思いが通じて、おじさん、無事に家に戻れたよね?
おじさんと同じ色の服を着て、おばさんが後ろで見守る姿がまるで家族みたいで、なんだか胸が熱くなったから、後ろからそっと写真を撮ってしまった。
おじさん、おばさん、ごめんね。

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