一日の最後に、wonder(奇跡)は訪れた。凹んでなんていられない。

wonder(奇跡) fulな一日を、なんて皆さんに言っておきながら、今日は落ち込むことばかり続き、私はまだ凹んだ気分で、夜、都心を歩いていた。例のごとく道に迷い、そばを歩いていた若い女性に道を尋ねた。
道を教えてからも、その人は私と同じペースで、私たちはふたり黙って同じ方向に歩き続けていた。日本だと気まずくて、どちらかがペースを速めるように思うが、私たちはまるで友人同士のように、並んで歩き続けた。
沈黙が不自然な気がしたので、私が声をかけた。「私、ニューヨーク生活が長いんで、こうやってよく知らない人に道を聞くんですけど、日本だと交番で聞けって言われることもありますよね」。
その人はほほ笑みながら、「でも交番ってあんまり、見当たらないですよね」と答えた。
横断歩道に差しかかったとき、信号が青になった。
「じゃあ、私はこっちに行くので、どうも」とその女性が横断歩道を渡り始めた。私は何を思ったか、彼女の背中に向かって、「あの、すみません」と声をかけた。
他人と言葉を交わすと、NYにいるようで、私はうれしくなるのだ。
「私、こういうの書いてるので、よかったら」とバッグの中から新刊案内の紙を一枚、差し出した(講演会にいらした皆さん、またやってしまいましたよ~!笑)。
その人は「作家さんなんですか」と私を見て、それを受け取った。
そして、私の目を見て、突然、語り始めた。
「私…母が急に倒れて、会社を休んで、明日、電車で青森に帰るんです。だから、気分が沈んでいたんです」
その人は明るくふるまっていた。そんな苦しみを抱えているようには、まったく見えなかった。
「そうなんですか。お母さん、ご病気なんですね」
「脳溢血で、突然。私、どうしたらいいかわからなくて。ずっと母ひとり子ひとりだったんで。東京に来なければよかった、って後悔したりして・・・」
その人の話を聞きながら、涙が込み上げてきた。女性も目を潤ませていた。
私は手持ちの紙袋の中に、新刊が入っていることを思い出した。
「これ、明日、青森に行く電車の中で読んで。あったかい話がいっぱい、あるから」
「え、本当にいいんですか」。その人の表情が明るくなった。
「お母さん、大丈夫。元気になる」
私はその人の腕をさすった。
「ありがとうございます。こうして・・・出会えたことを・・・母に・・・話します。それで・・・この本を・・・いただいた・・・ことも、母に・・・」
言葉を詰まらせながら、そう言って、嗚咽した。
「お母さん、元気になるから」
女性がほほ笑んだ。「そう・・・ですね」
24歳。大学進学のために、18歳で上京したという。その辺りで、働いているという。
別れ際に、私が元気よく言った。

「ハグしよう、ハグ!」
私はダウンコートのまま、見知らぬその女性を思い切り抱きしめ、背中をさすった。その人も私をハグし返した。
女性の目には涙が溢れていた。
彼女は会釈して、私は手をふって、別れた。
名前は聞いたけれど、住所もメルアドも交換しなかった。
きっともう会うことは、ないだろう。
明日、電車の中で、「泣きたくなるほど愛おしいニューヨークの魔法のはなし」を読んでくれるだろうか。そして、温かいニューヨークの話たちが、彼女を包み込み、おかしな話が彼女を笑わせてくれるだろうか。

 

大都会東京の夜をひとり歩きながら、遠く離れたお母さんが心配で、いたたまれなくなったのだろう。
こういうときに読んでもらうために、この本はある。
凹んでなんていられない。
一日の最後に、wonderは訪れた。

噴水前のバレリーナ達 - 岡田光世

岡田 光世  / Mitsuyo Okada

新刊「泣きたくなるほど愛おしいニューヨークの魔法のはなし」も既刊本も、ネットでも購入できます。

http://www.seiryupub.co.jp/books/2014/11/post-107.html

清流出版 - 岡田光世

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