母の日にこのバラの花束を抱えて地下鉄を降りたとき、また私が慌てていたものだから、ホームにいた高齢の白人夫婦が「Can we help you in any way?」と声をかけてくれた。

別れ際に女性が、「Happy Mother’s Day!」と私に。花束に気づいたのだろう。

「ありがとう。Happy Mother’s Day to YOU. 私は母になったことはないのだけれど」と私が答えた。
「That’s all right. You have a mother.」と女性。

そう、私には母がいる。そして、母のように慕う人が何人もいる。私は急いでいた。だって先生はいつも約束の時間よりずっと早く来て、待っているんだもの。冷たい雨のなか、待たせるわけにはいかない。

そのあと先にホームを足早に去っていったのだけれど、突然、10メートルほど離れた白人夫婦のところに戻り、I wanted to tell you something. と言い、この韓国人女性について話した。

先生とは私が20代のときに、韓国人学校の取材で知り合った。日本の植民地だった韓国で生まれ育ったから、先生との会話は日本語。先生の言葉でHappy Mother’s Day!と言って、花束をあげたかったけれど、難しすぎて忘れてしまった。コリアンタウンのそばで待ち合わせだったから、通りすがりの韓国人に聞こうと思っていたら、先生が突然、目の前に現れてしまった。

仕方なく、英語でHappy Mother’s Day! と言って花束を差し出した。先生は驚き、そして笑顔で花束を受け取ったと思ったら、コワい顔になった。「どうして、花なんか買うの。お金、使って……」。

雨で手が塞がって、転んでもしたら危ないので、私が花束を持とうと思ったけれど、先生はしっかり胸に抱いていて離さない。

先生は今、92歳。歩くスピードも速くて、まったく変わっていない。でも、転ばないようにと、つい癖で、先生の腕を持って支えようとすると、「私の安全は、私が決めます!」と。

「先生、段差に気をつけてくださいね」と言うと、「はい。お母さんの言うことをよく聞きます」と冗談を。

いつも会うと、私が何度拒んでも、先生が食事代を払う。今日は特別な日だから、韓国料理を先生にご馳走させてください、と何度も言ったけれど、「いけません! 私は今も先生です。今も働いているんです!」と譲ろうとしない。これ以上、拒めば、怒り出しそうな勢いだ。

「私も働いています」と言うと、聞こえたのか聞こえなかったのか私の顔をマジマジと見て、「不機嫌そうな顔ねー」と子どものように笑う。

結局、母の日なのに、韓国の母にご馳走してもらった。
私が美味しそうに食べる様子を見ながら、日本語で「美味しい? よかった。あなたが美味しいって食べているのが、うれしい」と。

 

そのあと、お茶して、結局、先生と4時間も一緒にいた。
話しながら、そして別れ際にも、先生は満面の笑みをたたえながら、まるで子どもにするように、私の鼻のてっぺんを何度もつまんで、うれしそう。

先生と頬ずりして別れてから、あ、先生の写真を撮り忘れた!
と追いかけていく。レストランの外で「先生、一緒に写真を撮ってもらいましょう」と言うと、「写真なんて、撮らなくていい!」とスタスタと歩いていってしまうので、撮れなかった。

追いかけていって、先生の顔の前に突然、顔を出し、「モデルの写真を撮りにやってまいりました!」と言うと、ちょっと呆れた顔して、笑った。買ったばかりだからiPhoneのポートレートモードにし忘れ、背景もイマイチだけど(でもこの汚さ、雑然としたところも、まさにマンハッタン)、あたふたしていると先生がまたスタスタと歩いてってしまいそうだから、急いでシャッターを切ったのが、この写真と一枚目の写真。

先生との話は、「ニューヨークの魔法の約束」に4篇、書きました。先生の話の一部を、電子書籍のスクリーンショットを取ってここにアップしました。読んでいない方、ぜひぜひ読んでください。私はこの先生のように、生きていきたい。会うたびにそう思います。

『ニューヨークの魔法の約束』(文春文庫)

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