☆6/18(日)読者との集い。詳細はこの記事の最後をご覧ください。
義母の誕生日を祝うために、ラウンドの苺のショートケーキを持って、夫の実家を夫婦で訪れる。週3回、デイケアに行く以外は、ほとんど寝たきりの義母に、「お義母さん」と声をかけるが、きょとんとしている。そして、苦しそうに、「辛い…」とひと言。
足の裏や鼻に痛みがある。息も苦しそうだ。
「辛いね、お義母さん」
「辛い…」
「お義母さん、この前、病院で会いましたね」と言うと、「そうだった?」と覚えていない様子だ。そして、「ご両親はお元気?」と私に聞く。
「父は私が12歳の時に亡くなったけれど、母は元気ですよ」と答えると、「ああ、そうだったの」と初めて聞いたように言う。
義母の手を握ると、ふっくらと温かかった。義母もしっかりと私の手を握り返した。
「せっかく来てくれたんだから、かあやん、起きたらどうだ? そこじゃ、飯も食えんだろ」とお義父さんが何度も声をかけるが、「動けない…」と拒む。が、ついに義父が「よいしょ」と抱きかかえ、ソファにすわらせる。
義父が、お寿司とローストビーフ、ブルーチーズ、シャブリ、スパークリングなどを用意してくれていた。3人はテーブルに、義母の食事はソファの前に義父が用意する。
「かあやん、今日はお祝いに、光世さんたちが美味しいケーキを持ってきてくれたぞ」と義母に伝える。「ケーキなんか好きじゃないよ」と義母。「お寿司も好きじゃない」。
「これは?」とキーウィ―を指さすと、「好きじゃないよ」と答える。
「そんなこと言ってたって、ペロッと食べるんだろ」と義父と夫が笑う。
義母は震える手で箸をつかみ、お寿司やローストビーフを自分の口に入れる。私はしばらくテーブルで義父と夫と一緒に食べていたが、お寿司のご飯が崩れてお箸でつかみにくそうだったので、義母の口に入れて食べさせた。
「今日はいいなあ、かあやん。光世さんに食べさせてもらって。光世さんだぞ。かあやん、覚えてるか?」と義父。
「覚えてるよ」と義母。「忘れるわけがないでしょ」
「そうか、覚えてるか、かあやん、偉いなぁ」と義父。
「お義母さん、あの人は誰?」と私が夫を指さす。
「え、あれ? あれは、ボンクラ。Tだ」と夫の一卵性の双子の兄の名前を言う。
「似てるけど、違うんだな」と夫が笑う。
ご飯を口に入れながら、「お義母さん、美味しい?」と聞くと、「美味しくないよ」と答える。
「お義母さん、そう言いながら、美味しそうにいっぱい食べてるよ」と私が笑う。
「私もお義母さんのところで一緒に食べよっと」と義母に言って、テーブルに戻ると、義父が「光世さん、どうしたの?」と聞く。
「光世さんは私と一緒にここで食べるんだって」と義母。
と、突然、お義母さんが「光世さん、寒くないの?」と言う。上着を脱いで、ノースリーブのワンピース姿だったからだ。世話をされている義母が、私が寒くないか、気遣ってくれている。私は胸が熱くなる。
「寒くないですよ。駅から歩いたから、暑い」と私が答える。
義父と父がフランスパンにオリーブオイルを付けて食べていたので、お義母さんも食べてみる?と聞くと、「パンなんか嫌いだよ」と言う。それでも、オリーブオイルに浸したフランスパンを顔の前に持っていくと、義母は口を開ける。
「お義母さん、パン、嫌いじゃないじゃない!」と私が笑う。食べやすいようにパンを小さく箸で千切ろうと苦労していると、「小さくしなくていいよ」と義母。
私がケーキにロウソクを立てて火をつけ、夫に義母のところへ持っていってもらう。夫がケーキ屋さんで頼んだケーキのプレートには、なぜか、「Happy Birthday まさこさん」と義母の名前が書かれている。
「どうして、”おかあさん”じゃないの?」と私が聞く。
「自分がまさこだってことを、再確認してもらうために・・・」と笑う。
「お義母さん、火を吹き消して」と私が言うと、義母は一生懸命、息を吹きかける。ひとつ、ふたつと、火が消えていく。吹き消しやすいように、ケーキを少しずつ義母の顔に近づけていく。それでもなかなか消えないので、義母と私が一緒に息を吹きかけ、そして最後の数本は義母がひとりで吹き消した。
なんでもない、こんなひとつひとつの動作が、とても大事なことのように思えてくる。私は義母の背中をさすり続けていた。
今度は夫が、義母にケーキを食べさせた。「お義母さん、笑って」と言いながら、母と息子を私が写真に収める。
食事を終えると、義母は痛み止めなどの薬を飲み、またベッドに横になった。「痛い、痛い」と義母が訴えるたびに、義父が「大丈夫よ、かあやん、もうちょっと、ゆっくりしててね。薬が効いてきたら、痛くなくなるから」、「かあやん、偉い、偉い」とやさしく声をかけている。
そのうち、痛みがなくなってきたのか、義母は寝息を立て始めた。
しばらくすると、目を覚ましたので、私がベッドの下にひざまずいて義母の手を握り、さすり続けた。
「お義母さん、私の指をぎゅっと握ってみて」と言い、2本の指をそろえて差し出した。義母は弱々しく私の指を握ったが、「こわい」と小さな声で叫んだ。
「何が?」
「光世さんの小さな手が、つぶれちゃう」
別れの時が来るまで、私は義母の手を握り続けていた。
「今日はよかったなあ、かあやん」と義父。
「来てくれて、ありがとね」。義母が言った。
義父は海外旅行が大好きで、退職してからは毎年のようにツアーに参加していた。年賀状はいつも異国の写真だった。義母の具合が悪くなり、生活は一変した。
「お父さんは本当に優しいよ。一生懸命、面倒見てくれて、本当に有難いよ」
「お父さん、怒るとこわいから、嫌いだよ」
「お父さんとなんか、話すことなんかないよ」
義母が何を言っても、義父は受け止めている。
夫婦の絆って、すごいな。義父母を見ていて、そう思う。義父母も私たち夫婦と同じように、高校の同級生同士だった。
義父母のような夫婦に、私たちもなれるのかな。
写真は海外旅行が大好きだった父へ…ということで(こじつけ?)Paris, Franceーー。こんなふうに、義父は義母とふたりで、パリの街を歩きたいだろうな。