君の国は大雨で大変だったねーーと、思いがけない人からメッセージが届き、胸が熱くなりました。本当に、あんなにたくさんの命が失われ、今も行方がわからない人たちがいて、多くの人たちが被災しています。
メッセージをくれたのは、私が6年前にひとりでロシアのサンクトペテルブルクを訪れた時、街角で出会った青年です。エルミタージュ美術館から宿に向かって歩いていると、道端で若者たちが集まり、輪になってみんなで歌を歌い始めたのです。
「どれも、みんなが知っている歌なのね? 何についての歌なの?」とそばでビールを手に歌っていた青年たちに私が話しかけ、会話が始まりました。
「そう、みんなが知ってる歌さ。僕たちの英語はひどすぎて、うまく説明できないんだよ」と言いながら、一生懸命、説明してくれました。
「モスクワとサンクトペテルブルク。どっちの街にも恋したっていう、ふたつの街を結ぶ道路 E95号線のことを歌ってるんだよ」
「君、ビール飲む? ロシアのビールだよ」と嬉しそうに缶ビールを手渡してくれました。
今回、私にメッセージを送ってくれたのは、そのひとりセルゲイ。彼は子供劇の俳優をしていて、翌日、彼が演じた「ブレーメンの音楽隊」に招待してくれました。子供劇と言っても、ニューヨークのブロードウエイのような本格的な劇場で、レベルも高いもので、大人たちも存分、楽しんでいました。その時、楽屋に彼を訪ね、撮った写真がこれです。彼は猫の役だから、ニャオーと鳴きながら。
先日、セルゲイはある女性と出会い、私のことをふと思い出し、そして日本に想いを馳せてくれたそうです。
彼から届いたメッセージが、サンクトペテルブルクの空気を運んでくれて、何だか文学的で、しかも彼らとの特別な出会いを懐かしく思い出させてくれたので、みなさんと分かち合いたくなりました。
「10年くらい前に、母親がくれた探偵小説を読んだ。ストーリーは練られていなくて、安っぽい小説だった。でもその本が醸し出す雰囲気に、僕は魅了されたんだ。タイトルも登場人物も覚えていないけれど、夏のサンクトペテルブルクの白夜の、暑くて息苦しい街中のあの雰囲気、ロシア革命前に建てられた旧市街の建物に住む誰かのお婆ちゃん、古いアパートの雰囲気、そこに住む大家族の人たち、喜びに満ちあふれ、歌い、踊っている。自由に、単純に。
昨日、その女性に会ったとき、僕はなぜか君のことを話し始めたんだ。雰囲気、匂いみたいなものかもしれない。それが、君と出会ったときの思い出に、僕をたちまち引き戻してくれた。匂いはどの感覚よりも強くて、速い。匂いに包まれてあのとき感じたことを、物理的に今、感じることができる。だから、君に知らせたくなったんだ。
あふれるように書いてしまって、ごめん。でも僕が感じたことはどんなことでも、君には表現していいんだって思えるんだ。なぜかわからないんだけどね」
この青年と一緒にいたドミトリーも、味のあるいい青年なのです。何年か前にドミトリーと別れたときの話を、東京で行われた講演会でしながら、思わず胸が詰まって言葉にならなかったことを思い出します。
彼らとの出会いは、iphoneやipad、iMac などのアップル製品からは無料でダウンロードできる電子書籍「ニューヨークの魔法シリーズ特別編ーー世界にひろがれ、とけない魔法」に収録されています。こちらの文藝春秋のサイトの「Apple books」から、無料でダウンロードできます↓。