福島のローカル電車で、たった2駅分だけ話した隣の女 性。きっと忘れないーー。
花見山公園と二本松城で桜を満 喫してから、日本三大桜「三春の滝桜」を見るために、夫 とふたり、郡山で磐越東線に乗り込む。
ボックス席で隣にすわっていた60代の女性に「どこか ら来たの?」と聞かれ、「東京です」と答えると、とても 驚かれた。日本で地方に出かけて、「東京から来た」と言 うと、いつも驚かれるのが不思議ーー。
その女性と3.11の地震の話になった。
「怖くて家の太い柱にしがみついていたの。その数年前に 夫が癌で亡くなったんだけど、あの怖い地震に遭わずに済 んだからよかったかな、なんて思ってね。とてもやさしい 人だったの。一緒に木で家具を作る仕事をしてたんだけど ね。
一緒に向かい合って、経理やっててね、80歳になって もよろしく、なんて言ってたら、あっちが先に逝っちゃっ てね。なるべく痛みのないようにやってもらったんだけど。最期は自分で病院行くって言ってね。やっぱり病 院にいたほうが安心だったんだろうね。
旦那がいなくなって、事業もできなくなって。何か仕事 しなきゃって言ってら、大地震があって、除染の仕事 に就いたの。山とかを除染するの。今は病院の清掃してる。朝 から夜まで大変だけどね。
本当に人生、いつ何があるかわからないよ。だから、前 向きに生きようと思って。人に意地悪しないで、楽しいこ として、ね」
話しながら車窓から桜が見えると、「ほら、きれいだよ 」と教えてくれる。私が窓際にすわり、窓を背に女性の方 を向いていたからだ。
私たちに子供がいないことを知ると、「それは気の毒ね 」とか「さみしいでしょう」、「ほしくなかったの?」な どと言う人が多い。
「あなたたちみたいに子どもがいない 人がいるから、私たちの老後が困るのよ」と言われたこと もある。
でも、この女性は違った。
「子どもがすべてじゃないからね。こうしてふたりで一緒 に桜を見ようってここまで来られて、それって幸せなこと よね。うちの息子夫婦も子どもがいないの。ある日、息子 が私のとこに来て、
「なんか、子ども、できないみたいな んだよね」って言うの。だから、私、言ったの。「子ども いなくても、あんたたちふたりが元気でなかよく過ごして くれたら、それでいいんだよ」って」
「そう言ってもらって、息子さん、きっとほっとしたんで しょうね。お母さんに孫の顔を見せてあげたい、って思っ ていたんでしょうね」
「そうなの。それを聴いたら、ほっとしたみたい。その前 にね、私、夢を見たの。息子が階段の下にひとりでしゃが み込んで、泣いてるの。それ、息子の気持ちだったんだね 。私に悪いと思ってたんだね」
「三春」という車内アナウンスを聞き、我に返る。
もう、お別れか。
降り際、「ふたりで桜を楽しんでね」と声をかけてくれ たので、女性の肩に触れて、「どうぞ、お元気で。人生を 楽しんでくださいね」と言った。
人に意地悪しないーーって、簡単なようで難しい。
温かい人だった。この人のこと、きっと私はずっと忘れ ない。