羽田空港のとけない魔法を思い出すできごと

東京でスーパーの中にある百均に久しぶりに立ち寄った。レジで70代くらいの男性が、3つほど商品をカウンターに置いた。クレジットカードを出したのだろうか。
え、支払いは現金だけ、なの?
はい、現金のみです。
20代くらいの男性店員が答える。
おじさんは途方に暮れる。
これ、元に戻しちゃって、いいですか? と店員。
え、下のスーパーで食料品と一緒に買えないの?
できないです。
え。じゃ、俺、どうしたらいい?
戻しちゃって、いいですね?
え、だめ? 買えない、んだもんね。じゃ、また来るしか、ないね、うん。じゃ。
私がカウンターに行くか行くまいか、迷っているうちに、おじさんは商品をカウンターに置いたまま、急いでエスカレーターで下りていった。

「羽田空港の五十五円」を思い出した。『泣きたくなるほど愛おしいニューヨークの魔法のはなし』(清流出版)に収めたエッセイだ。
羽田空港のコンビニのレジで、缶コーヒーを2つ、買おうとしたときのことだ。
海外に出るとき、私は日本円をなるべく持たないようにしている。ゲートで待つ夫に240円だけもらい、店に向かった。1缶、消費税込みで120円なので、2缶で240円のはずだ。ところが若い男性店員は、241円と言った。消費税が端数になる場合、誤差が出るから、ということだった。
夫に1円もらってすぐに戻ってきます、と店を出た。店を出るとき、客の白人男性が、自分のてのひらに日本円の小銭をのせ、イチエン、イチエンとつぶやいていた。
1円をしっかり握りしめてコンビニに戻ると、レジには先ほどの白人男性が立っていた。カウンターの上に、五十円玉と五円玉がひとつずつ、置かれている。
さっきの店員が言った。「この方が、五十五円をお客さんにあげると言うんです」。
私は何度も丁寧に断ったが、男性は、もうシンガポールに発つので日本円は要らないから、どうぞもらってください、とほほ笑み、足早に去っていった。
私が礼を言うと、彼が言った。
Don’t mention it.(どういたしまして=取るに足らないことですよ)。

 私はスーパーの百均で、レジの向こうに立つ店員に話しかけた。
さっきのお客さん、買いたい物が買えなかったんですね。
はい。現金を持ち合わせていなかったみたいで。
店員は不思議そうに私を見る。私は、羽田空港の五十五円の話を、彼にした。
いつか、誰かにお返ししたいと思っていたから、私が払わせてもらおうか、って…。
そうだったんですか。そんなことがあったんですね。
私はエスカレーターで下りていき、さっきのお客さんがいないか探してみたけれど、同じような年齢の男性が何人かいて、私はその人の後ろ姿しか見えていなかったから、結局、どの人かわからず、お返しは叶わなかった。

突然、私が声をかけたら、おじさんはびっくりするだろう。何か魂胆があるのかと思われるかもしれない。でも、「羽田空港の五十五円」の話をしたら、きっとさっきの百均の青年のように、「そうだったんですか。そんなことがあったんですね」と納得して、もしかしたら、私に払わせてくれたかもしれない。
思い立ったら、すぐに行動しなきゃ。
今度こそ、チャンスを逃さない。
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「岡田光世との初夏の集い」
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【場所】カフェ&ダイニング フィリア
(渋谷区渋谷4-4-25) 青山学院大隣接)
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