ヨットのあとのハプニングに泣くーー。

ヨットのあとのハプニングに泣くーー。

いつかヨットでニューヨークまで行けたら…なんて思いながら、後ろ髪を引かれつつ、三浦半島のヨットクルーズを楽しみ、陸にあがった。

みんなで美味しいイワシ丼などを食べ、高校時代の友人の鯨井クンと私たち夫婦だけ東京に戻る組。3人で海まで歩き、海辺でかき氷を食べる。

鯨井クンはイチゴ、夫はメロン、私は宇治金時。
途中、横浜で電車を降り、中華料理を食べる。

そのあと、鯨井クンがジョナサンに行きたいという(社長だというのに、見かけのとおり、庶民的・・・)。横浜でなぜ? と思うも、高島屋で夫がもらった地図を頼りに、徒歩10分というジョナサンへ向かう。

いつものようにたすき掛けにしてカメラをぶら下げていると、後ろからきた青年が手にしていたスケボーが、カメラに当たった。壊れたよ、マイカメラ! と焦りながら、一枚撮ってみると、ちゃんと撮れ、ほっとひと息。ひと息だけついた瞬間、ふたりの姿が消えた!

旅先でも私はいつも写真を撮っているので、夫はずっと先を歩いていることが多いが、曲がる時には合図してくれる。合図がなかったから直進でしょう、と思い、まっすぐ歩き続けるが、ふたりはいない。私が持っているのは、カメラだけ。財布もiPhoneもない。ずっと痛かった膝を放っておいたら、その数日前に半月板損傷と診断されたので、重い私のバッグは、夫が持ってくれていた。

カフェがあったので中に入り、事情を説明すると、親切な若い女性が仕事をほかの人に頼み、iPadでジョナサンを検索してくれる。駅から同じような距離に、2件あるという。

まずは1件目へ。辺りは暗く寂しげだ。ふたりの姿はない。もう1件の場所を教えてもらい、暗い夜道を10分ほど歩いてたどり着く。が、そこにもふたりの姿はない。

レジにいた若い女性の店員さんに事情を話し、電話を貸してもらえないかと聞いてみた。運がよければ、夫が私のiPhoneに出てくれる。

「お店の電話なので、5分以上、話さないでください」と貸してくれる。

祈る思いでiPhoneにかける。が、繋がらない。

私は店の外に立ち、どうかここに現れて・・・と祈る。待つ。ひたすら待つ。人の気配がすれば、二人ではないか、と目を凝らす。
通りすがりの男性ふたりに、ここから駅まで歩いてどのくらいですか、と声をかけてみる。

5分くらいですよ、と教えてくれたその人に、ふたりとはぐれたいきさつを説明するも、相手は「はあ」としか答えようがない。そりゃ、そうだ。

過去の記憶がよみがえる。私は前にまったく同じことをしたのだ。だから、交番に行っても身分証明書がなければ、お金を貸してもらえないことを知っていた。

どうすればいいのだ。横浜から東京の杉並区まで、どうやって帰るのだ? この大都会・横浜で、ふたりにばったり会えることなど、あり得ない。

帰りは東急東横線で帰る、と確か夫が言っていた。私を探し疲れたら、やがてひとり、帰るのだろう。

ジョナサンで働く先ほどの女性にペンを借り、「本当に申し訳ないのですが、もし夫が来たら、東横線の改札口で待っている、と伝えていただけますか」と頼み、名前とその内容を書いたメモを渡した。

女性は引き受けてくれた。

ひとり、横浜駅に向かう。

高島屋の前でしばらく待つ。さっきは3人でこの前を歩いていたのに・・・。

ジョイナスという駅ビルのインフォメーションで、交番の場所を聞く。ほかにどうすればよいのか、思い浮かばない。

交番と東急東横線は同じ方向だった。そちらに向かって駅ビルを歩き始める。建物の反対側、5、6メートルほど離れたところも通路になっている。

ふとそちらに目をやると、人ごみのなか、背の高い男性ふたりが足早に通り過ぎていくのが一瞬、見えた。

私はふたりの姿を追って、反対側に駆け出した。

「塩ボー!!」と叫ぶと、ふたりが振り返る。塩ボーは高校時代のニックネッム。私は今もそう呼んでいる。

おお、愛しき夫。愛しき鯨井クンよ。

ばったり再会できるなんて。奇跡が起きた!

夫が怖い顔で怒鳴った。「いったいどこにいたんだよ!!」

隣に笑顔で立っている鯨井クン。「いや~。俺たち、やっぱり、惹きつけ合うんだな。いやー、さすが作家センセ―。やることが違うよ。会えてよかった、よかった」と私の肩をたたく。

夫は滅多に怒らないから、よほど心配していたのだろう。ふたりは私とはぐれた橋の上でずっと私を待ち、ジョナサンへ行き、駅に戻ってきたという。

「はぐれたら、最後に一緒にいた場所に戻ろう」と決めていたはずだったが、ジョナサンに行くとわかっていたから、私はそちらへ行ってしまった。しかもジョナサンが2件あった。

私はふたりにひたすら謝る。なぜか夫ではなく鯨井クンの腕にしっかりしがみつき、離れない(だって…夫…怒ってる…)。

ジョナサンを探しながらさっき鯨井クンが、「あそこでもいいな」と指さしたルノワールの前を通りがかった。

「最初っから、ルノワールにしときゃ、よかったんだよな」と鯨井クン。

 最後に”お茶”で再会を祝うために、ルノワールに入る。私は水出しアイスコーヒー、鯨井クンはクリームソーダと可愛い。

 再会できてほっとして、すわったルノワールのソファが、なんとゆったり感じられたことか。

 私は1年半前に同じことをしてしまったことを、鯨井クンに話す。その時も持っていたのは、たすき掛けにしていた富士フィルムのカメラだけ。

「交番に行ったけど、身分証明書がないからって、お金を貸してもらえなかったの。このカメラを置いていきます、って頼んだんだけど…」
「そりゃ、無理だろ」と鯨井クン。
「このカメラ、高かったんだけど…」
「おめえ、交番は質屋じゃねえんだからよ」と鯨井クン。「ま、またエッセイのネタができたってことよ」。

 その夜、家に着くまで、夫と私はお互いの手を握って離さない。

 あの日以来、私はiPhoneと財布と家の鍵をポシェットに入れ、肌身離さず持っている。

 そしてもちろん、夫にはひと言も逆らわず、従順な妻と化している。

 ルノワールに行くたびに、ハプニングを思い出すだろう。

 今週の金曜日、編集者との打ち合わせ場所も、地元のルノアールに変えてもらった。

注)この人、私の夫ではありません。かき氷はイ・チ・ゴ♡

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