パリに行くために羽田空港に向かう途中、地下鉄の中で私より年上に見えたアジア系の女性に座席を譲ろうとしたけれど、彼女は笑顔で大丈夫よ、と答えた。
「…でも、どうぞ、どうぞ」
「大丈夫だってば」
「どこから来たの?」
「オーストラリアのシドニーよ」
「でも、もともとは? ご両親は?」
「フィリピンよ、あなたたちはこれからどこに行くの?」
「え、私たち? ああ、パリよ」
心は彼女と関係のあるオーストラリアとフィリピンに飛んでいて、聞かれるまで、忘れていた。
「よりによって夏のオーストラリアからなんでまた、寒い日本に遊びに来るわけ?」
「・・・雪を見たいの。どこに行けばいいかしら? 北海道?」
「雪?! そうか、フィリピンでは雪を見たことがないのよね?」
「そう」
「でもオーストラリアで見れるでしょ」
「見れるけど、車で6時間くらい行かなきゃ、見れないのよ」
夫と私は考え込む。
「冨士山の頂上? 長野? 新潟? 北海道、行けば?」
「そうよね、やっぱり北海道よね」。
しかし、雪をみたいだけなら、わざわざ日本で見なくたって、私だったら半年待って、オーストラリアで6時間かけて見るけど…などと思っているうちに、私たちが地下鉄を降りる時がやってきた。
もしよかったら、新年にパリから戻るから、うちに食事に来たら? と私が誘うと、女性は嬉しそう。
私も海外で何度、そんなふうに親切にしてもらったことか。
だから日本に遊びに来る外国人にはお返しをしたくなる。
私の名前を慌てて相手のスマホに打ち込んで、FBで探してみて、同じ名前の人がいると思うけれど、黒い服着たプロフィール写真だから、と別れた。
羽田に向かうモノレールの中で、その女性からメッセージが届く。
This is Marilyn 👌 It’s lovely meeting you & your husband in a very pleasant way..Have a fabulous & safe trip to Paris.(マリリンよ。あなたとご主人にとても気持ちのいい形で会えて素敵だったわ。パリで素晴らしい安全な旅を)
結局、私が体調を崩し、招待できずにごめんなさい、と詫びたメッセージに届いた返信。
Good morning, Mitsuyo, Not to worry , we will see each other again someday. Thank you all the same for your kindness. Please keep in touch, if you ever visit Sydney in the future you have a place to stay.
おはよう、光世。心配しないで。いつかどこかでまた会えるわ。いろいろ親切にありがとう。ぜひ連絡を取り合いましょう。将来、シドニーに来ることがあったら、うちに泊まって。
お互いを疑い合うこともできるけれど、こうして信頼し合うこともできて、それが本当に信頼できる相手だと、私たちはどうやって判断するんだろう。それはもう、勘でしかない。あとで彼女が送ってきた日本での日程を見ると、どうやら雪を見るために長野に行ったみたいだが、今度、ゆっくり旅の感想を聞いてみよう。
Photo: near Perth, Australia