ずっと書きたかった、愛媛県松山から届いた魔法の贈り物、「紅まどんな」の話をさせてください。
先月、松山に行ったとき、どこの島でもいいので、瀬戸内海を見ながら、サイクリングがしたかった。
目の前にフェリーが止まっていたので、飛び乗った。
甲板に出ると、50代くらいの男性がテーブルにすわっていた。
目の前に島が見えたので、この船はどっちの島に着くのですか、と尋ねると、あれは興居島、同じ島ですよ、と答えた。
そばに知的な障害を抱えた男性が立っていた。その人の息子だった。
息子さんに手を振り、話しかけ、名前を聞いた。息子さんも笑顔で私に手を振り返した。
『ニューヨークの魔法をさがして』に書いたコウタ君を思い出した。
NYでは人々がごく普通に「いくつ?」「どこから来たの?」とコウタ君に声をかけてくれるのが嬉しかった、と母親が話していた。
そんな話を、男性にした。
その前日だったか、松山の商店街のいかにも昭和な雰囲気の明屋書店で、「ニューヨークの魔法」シリーズを3冊、面陳して展開してくれていて、その昭和な雰囲気から想像もしていなかったので、嬉しくてそんな話もした。
レトロでしょ~💜
明屋書店の店員さんがちょうどいて、「もうずっとこうして並べてくれていたんですか」と夫が聞いたら、
「いえ、昨日からです」だって! 正直な店員さん! まるで私が来るのを知っていたみたいで、スゴイですね!
男性は、刑事として働いていたが、ずっと息子さんの面倒を見てくれた妻の代わりに、今度は自分が世話をしようと、息子さんが入居す
る施設で働いているという。
毎週、週末になると、フェリーに乗るのが好きな息子さんのために、こうして興居島へ渡り、降りずにそのまま、また引き返すという。
その人は私に名刺を渡そうと探したが、見つからなかったようで、松山で何か困ったことがあったら連絡してください、と電話番号を書いてくれた。
私も自分の携帯の電話番号を教えた。
興居島には15分ほどで着いたので、その人と会話を交わしたのは、わずか10分ほどだろうか。
別れを告げ、甲板を下りると、息子さんがいた。下から島の景色を見たかったのだろうか。
「さようなら」と手を振ると、笑顔で手を振り返した。
そのあと、ひとりで島をサイクリングした。1時間ほど経った頃、道で知り合った農家の女性と立ち話をしていると、携帯電話が鳴った。
「今、どこですか」。男性の声だった。夫だと思った。
「さっきフェリーで会った者です。困っていませんか。サイクリングを楽しんでますか」
「ありがとうございます。今、とても素敵な女性と出会って、立ち話していたところです」
そのあと、松山の農家の人たちが、ひとつひとつ袋を付けて、大切に育てている高級みかん「紅まどんな」の写真をアップした。その時はまだ、紅まどんなの収穫の時期ではなかった。
数日後、その男性からコメントが届いた。
「紅まどんなを送りたいので、住所を教えてください」
すぐに返事を書いた。「そんな高価なものを、いただくわけにはいかない。お気持ちだけいただきます」。
すると、後日、LINEにも同じメッセージが入っていた。
何度も言ってくださるのに、せっかくの厚意を断るのも、どうなのだろう。
夫に相談すると、言った。
「その人はきっと、光世と出会って嬉しいと思ってくれたんだよ。その気持ちなんだよ」。
こうして、12月5日に届いた、温かい贈り物――。
ゼリーのような触感で、それはそれは甘い紅まどんなを、母と夫といただいた。
あのフェリーでの出会いを、その男性を、息子さんの笑顔を、そしてお会いしたことのない奥さまを、島で立ち話した農家の女性を、松山で出会ったたくさんの笑顔を、思い出しながらーー。