今度は、ホストブラザーのジョンが電話に出た。
ミッツ。日本なのかい? わざわざかけてきてくれて、ありがとう。電話を回してみるよ。ただ、ダッドには、ミッツの声はもう、ほとんど聞こえないかもしれないよ。
大丈夫よ。大きな声で怒鳴るから。
大きな声で、そう答えた。
しばらくすると、がたがたと何かが受話器に触れる音がして、弱々しい声が届いた。
Hi….
ハーイ・・・・・・。
ダッドの声だった。
酸素吸入のシューシューという音が聞こえる。
いつもなら、Hey, Mitz!(ヘーイ、ミッツ!) と大声で弾むように言い、すぐに冗談を飛ばす。
I love you, dad. Can you hear me?
アイ・ラブ・ユー、ダッド。聞こえる?
声を限りに叫んだ。
Yes, I can hear you.
ああ、聞こえるよ。
I’ve been thinking about you and praying for you.
ダッドのこと、ずっと思って、祈っているのよ。
I know, Mitz.
ああ、わかっているよ、ミッツ。
苦しいだろうに、ダッドはMitzと、私の名前を呼んだ。
元気になったら、日本行きの航空券を送るから、一緒に日本じゅうを旅しようね。八戸に行って、石巻に行って、それから、三沢に行って・・・・・・。
Who…is…coming…to Japan?
誰が、日本に、行く、って?
You are. You’re coming to Japan.
ダッドよ。ダッドが日本に来るのよ。
昔、行ったことのある土地を、ふたりで一緒に回るのよ
Mitz…my…travel time…is…all…over….
ミッツ・・・、私には、旅をする、時間は、もう、ないんだよ。
のどの奥からしぼり出すように、ゆっくりと、言った。
懸命に深く大きく息を吸い、吐く勢いでall…over…と、ひと言、ひと言、漏れたとき、すべて、終わった、という言葉の意味の哀しさが、ずしりと私の心に響いた。消え入るような声とともに、ダッドはどこか遠くへ行ってしまうようだった。
No! It’s not!
違うわ! そんなこと、ないわ!
はあはあと、荒くなった息が聞こえてくる。
Dad, I love you!
ダッド、アイ・ラブ・ユー!
私が叫ぶ。
I…love…you, too…, hon.
アイ・・・ラブ・・・ユー・・・、ハン。
ダッドが答える。honはhoney、愛しい人よ、ということだ。
それが、ダッドと私の最後の会話だった。

         「最後の会話」ーー『ニューヨークの魔法のことば』(文春文庫)より

ダッドとの最後の会話から、明日でちょうど9年。日本時間の2007年1月15日朝だった。

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Photo: Mondovi, Wisconsin

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