私の大切な”母”のひとり

血がつながっているから、わかり合えるとは限らない。それが自分の親でなかったとしても、ほかに誰か、自分を励まし、支えてくれる人がいたら、その人は幸せだ。
私にとって、この女性はまさにそういう人。私の韓国人の母。ニューヨークの韓国人学校の校長先生で、20数年前に出会った。母は母なりに私を愛してくれているけれど、私には母が何人もいる。そのなかの大切なひとり。
私たちの会話はたいてい日本語。日韓併合で、先生が学校で習った言葉は日本語だから、今でも月刊「文藝春秋」などを読む。
この夏2度、マンハッタンの先生のアパートメントに会いに行った。先生の生い立ち、家族のこと、日本への思い。いろいろなことを話してくれた。
帰るとき、先生はいつも地下鉄まで私を送っていく。
「先生、もういいですから。ひとりで行けますから」
この夏も私がそう言うと、先生は怒ったように言う。
「ひとりで行くってこと、ないでしょう。東洋は違うんです」
東洋というくくりで先生と私を語ったことが、なんだかうれしかった。
先生と大きな声で日本の歌を歌いながら、駅まで歩いた。「夕焼け小焼け」「仰げば尊し」「蛍の光」を歌った。
駅に着き、ホームへ降りる階段のところで、先生が私の頬に口づけした。そして、愛おしそうに私の頬を右手でやさしくポンポンと叩いた。
「また会いましょうね」と先生が言った。
「先生と出会えて、本当によかった」
そう言って、先生をハグし、涙が出そうになるのを堪えて、階段を下りた。

 来月、先生は90歳になる。

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Photo: My “Korean mother” in her apartment, summer of 2015

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